ストーリー
<夏>
彼岸ごろの東京・神田。
大学院を中退した無為徒食の青年、石上(永里健太朗)のもとに一本の電話がかかってくる。同期の出世頭である矢内(趙珉和)からの呼び出しで、重い腰を上げて某大学に出向いた石上は、矢内から「かんたんな日雇いのバイト」を頼まれる。
「橋の上で、ある女と会え。用件は女に会えばわかる」――探偵映画めいたその内容に石上は鼻白むが、「“先生”とのコネを作るチャンスだぞ」と恩着せがましく言われ、断れなくなってしまう。
“先生”(寺田農)は、学会で隠然たる権力を持ち続けている老碩学で、世渡り上手な矢内は、“先生”に取り入ることで現在の大学助手の地位を得ていた。この件も、もともとは先生から矢内へのお達しだったのだ。下請けに丸投げするように矢内から体よく押しつけられたかっこうの石上、しかたなく指定された場所へ向かう。
前後左右を何本もの電車が行きかう神田昌平橋の上で、それらしき女がひとり、またひとりとあらわれる。だが、結局その誰もが「ある女」ではなく、会えばわかるはずの「用件」も知ることができないまま、石上は橋の上で呆然と立ち尽くすしかなかった――。
<冬>
正月の奥多摩・沢井。
“先生”の家で開かれる恒例の新年会に招かれた矢内。石上もその「お供」として連れてこられていた。「直弟子でもめったに声がかからない会だから、先生に近づくチャンスだぞ」とたきつける矢内に、石上は「どうも自分を売り込むのは苦手で」と後ろ向きだ。
だが、そこで出会った先生の娘・雛子(前田亜季)の顔をみて、石上は驚く。多くの訪問客をもてなし、あしらっている雛子は、夏に神田昌平橋ですれ違った女のひとりだったのだ。
「あなたを見かけたことがあります」「私も何だかそんな気がします」――にぎわう新年会の片すみでそんな会話を交わす二人。それをじっと注視していた先生は、石上が矢内の代理で昌平橋に行ったことを知るとにわかに態度をあらため、「娘のことをどう思うか」と聞く。そして「矢内くんを相手にと思っていたのだが、そういうことなら君でもいい。君にも資格がある」などと言い出すのだった。
<春>
満開の桜を、水路をゆく舟から見上げている石上と雛子がいる。
大川、神田川、外堀と川面をすべる舟に揺られながら、これまでとこれからについてとりとめなく語り合うふたり。
ふとした偶然から再会した二人は関係を持つようになっていたが、「これから」の見通しはまったくなかった。石上は相変わらず無為徒食であり、雛子は父のくびきを逃れることができず、出口の見えない毎日がつづくばかりだった。
そんなとき、先生が倒れたという一報が二人のもとに入る――。